そもそも「リストラ」とは?
本題に入る前に、そもそも「リストラ」とは何かということについて触れておきましょう。
リストラとは「Restructuring(リストラクチャリング=再構築)」という英単語を略したもので、本来は事業規模の変更や従業員数の増減などに関係なく、単に会社などの組織の再構築を意味する言葉でした。
たとえば、ある企業内にA部署、B部署、C部署があり、A部署では人員が足りているけれど、B部署とC部署では人員が不足しているために事業が全体としてうまく回っていないとしましょう。
A部署の作業はある程度まで機械化が可能で、B部署とC部署ではそれが難しい場合、A部署を機械化して、それにより余剰となった人員をB部署とC部署に振り分けると、事業がスムーズに回るようになる可能性があります。
A部署 | B部署 | C部署 |
100人 | 30人 | 20人 |
↓ リストラ後 ↓ | ||
50人 | 50人 | 50人 |
それを表にまとめると上のようになります。この場合、部署間の人員移動はあっても、解雇された従業員はいないことになります。
これは言葉本来の意味でのリストラにあたるものですが、現在の日本では、不採算事業からの撤退や部署の縮小を伴う事業規模の縮小、そして、従業員の整理解雇のみをリストラと呼ぶことがほとんどです。
では「退職金」とは?
では、退職金とはどういうものでしょうか?
何となくは知っていても、退職したことのない方や退職金の出る企業に勤めたことのない方、あるいは退職金が出るような雇用形態の経験がない方にはピンとこないところもあるはずです。
そこで、まずは退職金の基本なところを説明しましょう。
退職金の基本
退職金? 退職手当? 退職所得? 退職慰労金?
「退職金」のほか「退職手当」「退職所得」「退職慰労金」という言い方もありますが、いずれも退職した労働者に対して支払われる金銭を指しています。
退職金を支払う法的義務は?
退職金は法律で定められた制度ではないので、企業側に支払い義務はありません。しかし、就業規則に退職金の規定がある場合は賃金の一部と見なされ、企業側には支払い義務が生じます。
退職金はどこから支払われる?
多くの場合、大企業は退職金を自社で負担します。一方、中小企業では、独立行政法人・勤労者退職金共済機構が提供する共済に掛金を納付しておき、そこから退職金が支払われるケースが多いようです。
退職金の金額は?
企業により大きく異なりますが、一般論として、勤続年数が長いほど、また社内での地位が高いほど高額になります。そして、会社都合や定年による退職よりも、自己都合による退職のほうが金額が低くなることがほとんどです。
なお、リストラ目的で自主退社が推奨される場合には、通常より増額された退職金が提示されることもあります。
退職金の受け取り方は?
退職金というとき通常は一時金としてまとめて受け取るものを指しますが、企業によっては企業年金の形で将来分割して受け取れたり、その両方を併用できたりすることがあります。
一時金で受け取る場合、税制上は「退職所得」となり、その多くの部分が非課税となります。
一方、企業年金で受け取る場合にも特別な控除枠がありますが、こちらは基本的に課税対象となります。
ただ、企業年金の利回りと保証期間(年金受給開始直後に死亡した場合に支払いが保証される期間)によっては、企業年金のほうがお得になるので、どちらがいいかはケースバイケースです。
リストラによる退職は退職金を請求できる?
先にも触れたように、退職金は法律で定められた制度ではないので、リストラかどうかにかかわらず企業側に支払い義務はありません。
就業規則に退職金の規定がある場合は、賃金の一部と見なされるので退職金は当然もらえますが、そこに退職金を支給しなかったり減額したりする条件が明記されていれば、それに従った扱いとなります。
つまり、退職金に関しては就業規則に書かれた内容が非常に重要ということです。そこで、新入社員にせよ中途採用にせよ、これから入社しようという方は退職金についての記載も含め、就業規則にはよく目を通したほうがいいでしょう。
退職金給付制度のある企業の割合は?
内閣官房のウェブサイトには、退職金について調査した結果が掲載されており、その中で1,573社を対象に「貴社では、退職給付制度はありますか」と質問したところ、85.1%の企業が「ある」と回答しています。
退職金給付制度の有無
項目 | 企業数 | 全体に対する割合 |
全体 | 1,573 | 100.0% |
退職給付制度がある | 1,359 | 85.1% |
退職給付制度がない | 214 | 14.9% |
また、企業規模別に、退職金給付制度がある企業の割合を算出したものも掲載されています。
企業規模別・退職金給付制度がある企業の割合
企業規模 | 退職金給付制度あり |
1,000人以上 | 98.3% |
500人以上~1,000人未満 | 96.6% |
100人以上~500人未満 | 94.9% |
50人以上~100人未満 | 87.1% |
ここからは、企業規模が大きいほど退職金給付制度がある傾向が読み取れます。
退職金の相場は?
では、退職金はどれくらいもらえるのでしょうか?
企業によって大きく異なるので、詳細は就業規則に記載されている計算方法などから知るしかありません。ただし、特定のモデル条件(職種・学歴・年齢・勤続年数など)に当てはまる社員に関して、各社の退職金を調査した資料があるので、そこから相場を知ることができます。
大手企業の退職金の相場
まず、資本金5億円以上、従業員数1,000人以上の企業についてモデル退職金を紹介しましょう。
ここでは大学卒、会社都合退社(リストラもここに含まれます)のケースのみ紹介します。また、参考までに定年退職の退職金も併せて紹介します(引用元:中央労働委員会 平成29年・賃金事情調査)
勤続年数 | 総合職相当 | 一般職相当 |
10年 | 329万円 | 234万円 |
15年 | 628万円 | 437万円 |
20年 | 1,010万円 | 690万円 |
25年 | 1,508万円 | 1,004万円 |
30年 | 2,183万円 | 1,522万円 |
定年 | 2,694万円 | 1,519万円 |
これを見て分かるように、一般職より総合職のほうが退職金が多く、また、長く勤めるほどに退職金の増加分も大きくなります。
中小企業の退職金の相場
次に、従業員300人未満の中小企業のモデル退職金について見てみましょう(東京都産業労働局:平成28年・中小企業の賃金・退職金事情)。これも同様に大学卒、会社都合退社のケースとなります。
勤続年数 | 退職金金額 |
10年 | 152万円 |
15年 | 284万円 |
20年 | 457万円 |
25年 | 646万円 |
30年 | 856万円 |
定年 | 1,138万円 |
リストラで退職した場合、退職金の上乗せは可能?
早期退職者を募る形でのリストラの場合、事前に退職金の割り増し額が提示されていることが多く、1個人の退職金が増額されることはほぼありません。ただし、絶対無理ともいえないので、妥当な条件であれば、まずは会社側へ提示してみてもいいでしょう。
退職金にかかる税金はどれくらい?
退職金は通常の給与とは異なり、長年の勤労に対する報償金という意味合いがあることから、退職所得控除が設けられたり、ほかの所得と分離して課税されたりと、税負担が軽くする配慮がなされています。次にその詳細を説明しましょう。
退職所得の税金
退職所得(退職金)には、所得税、復興特別所得税、住民税がかかります。
所得税・復興特別所得税額
退職金の所得税の計算には、まず課税退職所得金額(課税対象となる退職所得金額)を割り出します。課税退職所得金額の計算は次のようになります。
課税退職所得金額 = (退職金(収入金額) - 退職所得控除額) × 1/2
退職所得控除額は次のように、勤続年数や年収によって大きく変わります。
退職所得控除額 |
所得税額の算出では、課税対象退職所得金額に対して、その金額に応じた5%から45%の税率をまずかけます。さらに、そこから課税所得金額に応じた控除額を引くと税額が算出されます。
例:退職金支給額700万円、勤続年数10年だった場合
勤続年数は20年以下なので退職金所得控除額は次のようになります。
・40万円 × 10年 = 400万円
課税退職所得金額は退職金から退職金所得控除額を引いた金額の1/2となるので次の計算となります。
・(退職金700万円 - 退職金所得控除額400万円)× 1/2 = 150万円
退職所得はほかの所得とは別に課税(分離課税)されるので、この150万円に対する税率となります。課税所得金額が195万円以下の場合、所得税率は5%、控除額は0円となるので所得税額は次のようになります。
・150万円 × 所得税率5% - 控除額0円 = 7万5,000円
最後に、所得税額の2.1%分の復興特別所得税額を足したものが「所得税及び復興特別所得税額」となります。
・所得税額7万5,000円 + 基準所得税額7万5,000円 × 2.1% = 7万6,575円
つまり、退職金支給額700万円、勤続年数10年だった場合、7万6,575円が「所得税及び復興特別所得税額」として納税することになります。
例:退職金支給額2,200万円、勤続年数30年だった場合
勤続年数は20年超なので退職金所得控除額は次のようになります。
・800万円 + 70万円 × (30年 - 20年) = 1,500万円
課税退職所得金額は退職金から退職金所得控除額を引いた金額の1/2となるので次の計算となります。
・(退職金2,200万円 - 退職金所得控除額1,500万円)× 1/2 = 350万円
退職所得はほかの所得とは別に課税(分離課税)されるので、この150万円に対する税率となります。課税所得金額が330万円を超~695万円以下の場合、所得税率は20%、控除額は42万7,500円となるので所得税額は次の通り。
・350万円 × 所得税率20% - 控除額42万7,500円 = 27万2,500円
最後に、所得税額の2.1%分の復興特別所得税額を足したものが「所得税及び復興特別所得税額」となります。
・所得税額27万2,500円 + 基準所得税額27万2,500円 × 2.1% = 27万8,222円
つまり、退職金支給額2,200万円、勤続年数30年だった場合、27万8,222円を「所得税及び復興特別所得税額」として納税することになります。
なお、住民税は課税退職所得金額におおよそ10%をかけた金額となります。税率については自治体により若干異なり、また、計算方法も複雑なのでここでは詳しくふれません。
これからは派遣社員も退職金を受け取れる?
同一労働同一賃金を定めた「働き方改革関連法案」の成立により、2020年4月(中小企業は2021年4月)から、正社員に対して退職金が支給される場合、派遣社員にも同様に退職金が支払われる可能性が出てきました。
「同一労働同一賃金ガイドライン」の概要には、基本金、各種手当、賞与、福利厚生・教育訓練において、同一の労働内容に対しては、正社員や派遣社員、パートタイマーの別にかかわらず、同じ待遇にしなければならないと記されています。
また、「このガイドラインに記載がない退職手当、住宅手当、家族手当等の待遇や、具体例に該当しない場合についても、不合理な待遇差の解消等が求められる。このため、各社の労使により、個別具体の事情に応じて待遇の体系について議論していくことが望まれる」と記されており、ガイドラインには直接盛り込まれていないものの、退職金についても正社員と同様、派遣社員などにも待遇を同じくするよう推奨されています。
退職金の受け取り方は次の3つの方法から、派遣会社との相談の上で決めることになります。
一般的な退職金として支給
派遣元が定める退職金制度と、厚生労働省の通達などにより国が示す指針を参考にして、正社員の退職手当と同等以上の退職金が支給されます。
退職金前払い
退職金に当たる金額を毎月の給与に上乗せして受け取ります。金額は同等の業務に従事する正社員の賃金水準に退職費用分(6%)を上乗せした金額を参考に決定されます。
中小企業退職共済制度への加入
中小企業退職共済制度(中小企業のための退職金制度)に対し事業者が掛金として毎月一定の金額を納付している場合、退職時に同共済から退職金が直接支払われます。この共済に給与の6%以上の掛金を納付している場合、正社員と同等以上であるとみなされ、「同一労働同一賃金ガイドライン」に準拠していることになります。
退職金を受け取れる権利をしっかり主張する
皮肉なことですが、「同一労働同一賃金ガイドライン」の施行で企業の出費が増えたことにより、経営が困難となり、かえってリストラが推進される可能性があります。折しも、新型コロナウイルスの感染拡大による世界的な経済活動の冷え込みも重なってしまったために、今後、リストラを実施する企業は多くなりそうです。
万が一、リストラ対象となってしまったときに備え、ここで紹介したことを知識としてしっかり頭に入れておくことをおすすめします。
企業の経営がどんなに苦しいとしても、リストラされる個人はもっと苦しい立場に置かれるのですから、退職金を受け取れる権利があるようならしっかり主張していきましょう。