なぜその会社は人材不足なのか?
人材不足の会社はどうしても残業が多くなったり、1人あたりのノルマが過重となったりして、社員の心身が疲弊してきます。
また、無理を押して働いているせいで皆がイライラしやすく、社内の空気が殺伐してくることもあります。
そういう会社ならいっそのこと辞めてしまえばいいのですが、人材不足だと辞めにくいのも確かです。
忙しさで疲弊した同僚を後にして会社を去っていくことに良心が痛むという方もいるでしょう。
しかし、人材不足の会社であっても、人材不足の会社であるからこそ辞めて転職したほうがいいともいえます。
なぜ、そういえるのか? ここではまず、会社が人材不足に陥る理由から考えてみることにします。
会社が人材不足に陥る理由
会社が人材不足に陥る理由としては、主に次の7つが考えられます。
①生産年齢人口の減少
まず、全国的な傾向として、団塊の世代(1947年~1949年生まれ)の引退と少子高齢化による生産年齢人口(15歳~65歳未満の人口)の減少を考慮する必要があります。
つまり、働ける年齢の方が減っているということです。
「平成28年版 情報通信白書」によると、日本の生産年齢人口は1995年をピークに減少に転じており、雇用者数は2011年以降増加傾向にあるものの、パート・アルバイト、契約社員、嘱託など非正規雇用の比率が増えています。
そのため、正社員の比率の多い会社や、正社員のみの会社では人材不足が深刻な状態となっており、おおよそ4割程度の企業で人材が不足しているといわれています。
帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査(2020年7月)」によると、新型コロナウイルス感染拡大前には5割程度の企業で人材が不足していたのに対し、同年4月以降は3割前後で推移しているとのことです。
データ上では人手不足が解消傾向にあるように見えますが、これは新型コロナウイルスの影響で消費が鈍ったためであり、消費が戻ってくると人材不足の会社はまた増えてくることが予想されます。
②「働き方改革」に伴う残業時間等の減少
「働き方改革」の実施に伴う残業時間の減少が人材不足の原因になっているケースもあるでしょう。
厚生労働省の「労働施策基本方針」によると、「働き方改革」とは働く方の視点に立った労働制度の改革とされ、「労働施策に関する基本的な事項」の1つとして「労働時間の短縮等の労働環境の整備」「時間外労働の上限規制」が掲げられています。
こうした改革は社員にとってメリットになるばかりでなく、長い目で見ると会社にとってもメリットになるはずですが、残業が減った分だけ仕事が回らなくなり人材不足に陥りやすいという側面もあります。
その場合、新たな人材を求めることになりますが、どの会社も人材不足なので人材の取り合いとなり、なかなか社員を確保できません。
業務の一部を外部委託する場合も同様で、委託先でも人材不足となっているために仕事を受けてもらえないケースがあります。
③ずっと働きたくなるような制度がない
充実した福利厚生や育休の取りやすさ、時短勤務などの制度など、その会社でずっと働いていたくなるような魅力的な制度がない場合、退職を考えている社員の気持ちを引き留めにくいでしょう。
あるいは、そうした制度があっても、非正規雇用だと利用できないケースもあります。
その場合、正社員の離職は少なくても非正規労働者の定着率が悪くなり、会社全体として人材不足が常態化してしまいかねません。
④労働条件や労働環境が良くない
給料が安い、ボーナスが出ない、各種手当がない、残業は基本的にサービス残業…… といった労働条件の問題があると、離職率が高くなり人材不足に陥ります。
あるいは、ノルマ未達成だと強く叱責される、上司が高圧的、同僚同士の中が悪い…… など労働環境が良くない場合も同様です。
⑤会社の経営不振による人員削減
会社の経営不振に伴うコストカット策として人員削減した結果としての人材不足もあります。
その場合、社員1人あたりの仕事量が増える一方で残業代は出ないという状況に陥りやすく、余計に人材の流出を招くことになりがちです。
⑥人員確保が追い付いていない
急激に事業を拡大したケースでは、その拡大に人員確保が追い付かないことがあります。
求人をかけて雇用を増やしたとしても、教育が十分行き届かないまま現場に投じてしまうと、慣れない仕事のために失敗が多く、その結果、新しく入った社員の離職率も高くなってしまうため人材不足がなかなか解消しません。
⑦会社側の怠慢で人材不足対策が取られていない
ワンマン企業など少数の意見のみで会社が動いている場合、必要な人員を確保する対策がほとんど実施されないまま人材不足が常態化していることがあります。
本来なら、少子高齢化社会に対応した求人や雇用のあり方を模索すべきなのに、そうした対策を取ってきていないために、なんらかの人員確保対策をとったとしても場当たり的なものになってしまっているケースもあるでしょう。
ここでは会社が人材不足に陥る理由を7つ挙げてみましたが、ほかにもあると思いますし、このうちいくつかの理由が複合しているケースもあるはずです。
人材不足で起こる「負のスパイラル」とは?
では、自分が人材不足の会社にいる場合はどうしたらいいでしょうか? 会社がその人材不足の状態に対して何らかの対策をとっているなら、やがて問題が解消される可能性もあります。
しかし、実際にはそれがなかなかうまくいかないことのほうが多いようです。
人材不足の解消が進みにくいのは、人材不足を理由として「負のスパイラル」が生じやすいからです。
この「負のスパイラル」では人材不足の解消がうまくいかないばかりでなく、会社の業績にも悪影響が及んできます。
その「負のスパイラル」のいくつかのパターンについて説明しましょう。
既存社員の酷使で加速する「負のスパイラル」
人材不足の会社では、既存の社員に対して残業や休日出勤を要求して、そのときの状況を乗り切ろうとする傾向があります。
しかし、そうした場当たり的な対応では、社員は少しずつ疲弊していき、モチベーションや生産性の低下、ミスによるトラブルなどが生じてきます。
本来なら、そのように無理をして働いてくれている社員を会社側は評価すべきですが、どうしても生産性の低下やミスの部分ばかりが目立ってしまうため、頑張っている割には給料が上がらない社員が多くなり、そうした社員は疲労と失意を抱えたまま離職へ向かいます。
つまり、人材不足がますます加速してしまうのです。
では、多忙な中にあってなお、生産性を低下させず、ミスもしないような有能な社員はどうでしょうか?
そういう社員は有能であるがゆえに、既存社員の酷使により人員不足が進行することをいち早く察知し、自分の能力をもっと高く買ってくれそうな会社への転職を試みるはずです。
そして、そのような有能な社員が離職する様子は、ほかの社員の離職も促すでしょう。
それは、会社という船が沈みかけていることに気づいてしまうからです。
安易な人員補充で加速する「負のスパイラル」
一方、既存社員の労働力を酷使せず、求人を出して新たな人員を補充する場合でも「負のスパイラル」は生じえます。
離職した社員の穴埋めとして急場しのぎの求人を出してしまう会社は、「とりあえず人材が一定数揃えばいい」「多少足りないところがあっても後で教育すればいい」という姿勢で安易に採用してしまいがちです。
人手不足の早期の解消のためにそうしてしまうわけですが、それではかえって教育の手間が増えるばかりで生産性は上がらず業績の悪化にもつながりかねません。
また、「誰でも入れる会社」と認識されてしまうと、求人への応募者の質はどんどん低下していきます。
さらに、即戦力にならない社員が一度に入ってくることで職場に混乱が生じ、既存社員が疲弊して辞めてしまうケースもあるでしょう。
当然、会社からは離職を思いとどまるよう慰留されるでしょうが、それを振り切って離職すると上司から裏切り者扱いされたりして、社内の雰囲気は殺伐としてきます。
そのように殺伐とした会社では新たに入った社員の定着率も悪く、再度の求人の必要が出てくるため、既存社員が減り続ける一方で質の低い社員が流入してくるという「負のスパイラル」に陥ってしまいます。
仕事の質の低下で加速する「負のスパイラル」
既存社員の酷使や安易な人員補充の代わりに、仕事の質を低下させて人材不足に対処する会社もあります。
この場合、質の低下を許容できない既存顧客を失うことになり、質が低くても成立するような利益率の悪い仕事へと会社の業務をシフトせざるをえなくなるでしょう。
そのような利益の出にくい仕事では十分に社員の給料を支払えず、減給やボーナスカットを余儀なくされるため社員の離職が相次ぐことになり、1~2年で経営自体が回らなくなります。
経営不振の会社であっても、仕事の質さえ維持できていれば事業を継承してくれる会社が現れるものですが、ここで挙げたように仕事の質を低下させてしまうと、それもなくそのまま倒産という結果になるでしょう。
人材不足の会社ではこれらの「負のスパイラル」が生じて、事態がコントロールできないところまで突き進んでしまうことがあるので、その予兆を察知したなら、なるべくその会社を離れる準備を始めたほうがよさそうです。
辞めたい社員が離職できない理由
仕事を辞めたいと思っても、慰留されてなかなか離職できないことがあります。
ただでさえ人材不足なのに、これ以上社員が減ってはたまらないから会社側も必死なのです。
慰留条件として昇給が提案され、自分もそれに納得できたなら会社に残るという選択をしてもいいでしょう。
しかし、そういうことがなく会社側から無理に引き留められるだけというケースもあります。
たとえば、退職の話を無視・放置する、退職を認めない、離職票を渡さない、といったケースがこれにあたります。
いずれも問題のある行為ですが、人材不足が深刻な場合は会社側もそこまでする可能性があるでしょう。
また、会社によっては仕事を辞めさせないためのパワハラやモラハラもありえます。
「ここまで仕事を身に付けされたのは誰のおかげだ!」「辞めていいが、会社に損害が出たら請求するぞ」「みんながこんなに頑張っているのに辞めるとは、お前は裏切りものだ」などの恫喝まがいの言動がそれにあたります。
そこまではっきりした言動ではないとしても、人材不足の状況で会社を辞めるのは良くないことだという無言の圧力が社内に充満していて、なかなか離職に踏み切れない社員もいるはずです。
引き留めを振り切る心構えは?
そうした会社側からの引き留めを振り切るには、こちらにも覚悟というか、ある種の心構えが必要です。
パワハラなどは真に受けない
辞めることをはっきり決意したなら、上司のパワハラや嫌味、あるいは情に訴えるような引き留めは真に受けないことです。辞めてしまえば上下関係のない赤の他人ですから、ドライに割り切ることも必要です。
自分のことを第一に考える
自分が生きるために会社で働くのであって、会社のために自分が存在しているわけではありません。
当たり前のことですが、こうしたことを改めて再認識し、会社の人材不足よりも自分の生活や健康のことを第一に考えましょう。
転職の準備を着々と進める
離職後、すぐに働くつもりがあるなら、転職の準備を着々と進めていくと辞める覚悟も決まります。
そうした覚悟が伝わると会社側も強く慰留できなくなるものです。
辞める予定日をはっきり宣言する
「近々、辞めたいのですが……」といったあいまいな態度では、「強く説得すれば辞めないかも」と会社側に思わせてしまいます。
一方その逆に、「○月○日までに辞めるのでそれまでに引き継ぎを終えたい」と言い切るような態度で接すと、会社側もそれに対処せざるを得なくなります。
辞めさせてくれない会社を円満退社するには?
では、そのようにすんなり辞めさせてくれない会社を、より円満に退社するにはどうしたらいいのでしょうか? 完全な円満退社は難しいとしても、形の上だけでも円満に事を進める方法はあります。最後にそれを紹介しておきましょう。
退職理由に正当な理由を用意する
退職理由を問われた場合に、単なる不平不満ととらえられてしまう理由を挙げてしまうと、上司などから感情的な反応を引き出してしまいかねません。
「家庭の都合」「健康上の理由」など虚偽にならない範囲で、無難かつ正当な理由を用意しておくといいでしょう。
「退職願」ではなく最初から「退職届」を提出する
退職願は、会社に退職を願い出るための書類であり却下される可能性もあります。
一方、退職届は、会社に退職の是非を問うことなく自分が退職することを通告する書類です。
民法では、退職届の提出から2週間を経過すると会社を辞めることが可能とされており、会社側がそれを拒否することはできません。
本来ならまず退職願を提出して双方でそれについて検討すべきですが、会社側の強い慰留が予測される場合、退職願を出すことでかえって揉める可能性もあります。
それなら、最初から退職届を提出して法的に保証された権利を行使したほうが、少なくとも形の上では円満な退職となるでしょう。
繁忙期の退職申し出は避ける
会社側の抵抗を少しでも和らげたいなら繁忙期の退職申し出は避けたほうがいいでしょう。
あるいは、繁忙期の前に申し出を行い、「退職の気持ちは固まっていますが、皆さんに迷惑をかけたくないので繁忙期が終わるまでは一緒に頑張るつもりです」という伝え方をすると心証が良くなります。
転職先を決めておく
「うちより条件のいい仕事はなかなか見つかりにくい」といった理由を挙げて慰留されることを事前に防ぐために、退職を申し出る前に転職先を決めておくのも1つの方法です。
その準備の良さに上司や同僚の内心は複雑かもしれませんが、すでに退職後のレールまで引かれていては、強く慰留されることもないでしょう。
仕事をしながら転職先を探すのが難しい方は、転職エージェントの助けを借りるのも1つの方法です。
退職代行サービスを利用する
上司からのパワハラが常態化している職場などでは、怖くて退職自体を言い出せないことがあります。
そういう場合は、数万円の費用が必要ですが退職手続きを代行してくれる「退職代行サービス」を利用してもいいでしょう。
できれば、退職条件について会社側と交渉する資格を持つ、弁護士がやっているサービスを利用すべきです。
以上、見てきて分かるように、人材不足の会社をスムーズに辞めるには、次の職場の確保と毅然とした態度での対応が重要なポイントとなります。
法律上、退職すること自体は労働者の確固たる権利なのですから堂々としていればいいのです。
どう引き留めても絶対に辞めるという意思が会社側にしっかり伝われば、それ以上の慰留は無駄と判断してあきらめてくれるはずです。